前略
不躾を承知でお手紙さしあげます。
年明けの1月4日、須崎の国道で、
高知へ向かっていた私の両親の乗った車が、
故障で動かなくなりました。
86才と84才の年寄りが困っているところ、
親切な方がいろいろ手配して下さり、
修理工場のある車屋に連れて行ってもらったのです。
その方のお名前を聞き忘れ、車のナンバーも見ておらず、
丸三の業務車でピンク色をしていたとしか覚えていないとのこと。
お礼に渡したお金も「修理代がかかるから」と、
後で返されたとききました。
車の修理は先日無事済み、一安心しました。
心細かったであろう両親は大変感謝していますし、
私も有り難く思っております。
仕事の最中に時間を取って頂き親切にして頂いた方は
貴社の方だろうと勝手に解釈してお礼状を書いています。
気持ちをお伝え頂ければ幸いです。
心温まる感謝のお手紙を頂きました。
だれしもが困っている人がいたら助けるべきだということは「知っています」。
その時に止まってどうしましたか?と声をかけることは「できる」でしょうか。
知らない<知っている<<<<<<<<<できる
「知っている」ことと「できる」の間には越えるべき壁がたくさん存在します。
「できる」になるにはどのようなことが必要でしょう。
「丸三の品質試す、その運転」
年明のスローガンの言葉通りの物語です。
丸三社長